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研究班・課題の成果
図像資料の体系化と情報発信
課題3 『東アジア生活絵引』の編纂
- 研究経過
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- 研究成果
日本で考え出された絵引という情報整理と発信の方式が、日本以外の社会、文化においても可能かどうかを検討するために、東アジアの2つの文化について絵引編纂をおこなうことを課題に設定した。1つは中国であり、もう1つは朝鮮半島である。日本では中世でも図像が豊富で、絵引編纂を可能にするほどの量が残されていたし、まして近世以降になると日常生活のなかに図像が豊富に入り、人々は図像に接し、また時には写生や模式として自ら図像を作成し、情報伝達や記録として残すこともおこなわれてきた。絵引編纂の前提は、各時代がすでに作り上げていた。それに対して、東アジアの諸地域では、図像と日常生活の間は日本ほどに近く、親しみのあるものではなかったことが分かってきた。確かに絵画が多く制作され、家の中に飾られることも少なくなかったが、山水画や花鳥画に示されているように、そこに描かれた内容は実際の景色や人々の生活ではなく、理念化された風景であり、人間であった。そのため、絵引編纂の対象となるような写実的に生活場面を描いた図像を探し出すことに多くの時間を費やした。種々検討した結果、中国については18世紀の蘇州を描いた12メートルに及ぶ画巻「姑蘇繁華図」に注目し、「姑蘇繁華図」にもとづく生活絵引編纂をおこない、『東アジア生活絵引』中国江南編として完成させることにした。朝鮮半島については、やはり18世紀を中心に多く描かれた風俗画のなかで生活を描いたものを選択して絵引編纂をおこない、『東アジア生活絵引』朝鮮風俗画編とすることにした。
絵引編纂をおこなうためには、印刷刊行された図録類のみに頼っていたのでは、その詳細を把握することはできない。実際に作品を熟覧して、描写を子細に観察し、特徴を把握することが必要である。5年間の共同研究の過程で、中国および韓国を訪れ、現地において所蔵機関の厚意ある対応で、各作品の熟覧をした。また中国の「姑蘇繁華図」は江蘇省蘇州を描く絵画であるから、写実的であればあるほど、現地調査をし、現地の比定をすることが必要である。そのために数次に及び現地調査をおこなった。そして、中国および韓国の研究者との研究会も催し、それらの絵画についての研究蓄積から学んだ。
中国江南編については、「姑蘇繁華図」から50場面を切り取り、それについて事物と行為に番号をつけ、キャプションを与え、また場面全体の読み取りをおこなった。朝鮮風俗画編の場合は、朝鮮時代の風俗画の中から生活を比較的具体的に描いている6作品を選び、それらのなかから生活場面を示す50余りを選択して、絵引編纂の対象とした。絵引編纂を開始してみると、多くの問題点が浮上して、困難を極めた。最も大きな問題は、中国および朝鮮半島の生活を日本語で把握し表記することの困難性であった。事物を知っても、それを日本で誤解されないように日本語で表記することは、単なる語学辞典で訳を取りだして当てはめることではすまないことが明らかになり、1つ1つの語の適切なキャプションつけに多くの時間を割くことになり、最後までその検討と修正は続いた。次には、日本には存在しなかったり、類似のものもなかったりする事物も、同じ東アジアでも生活面では少なくないことが明らかになってきた。キャプションつけがこの点でも難しいことが判明した。この点を少しでも克服するために、朝鮮風俗画編では、1つはキャプションを日本語表記と韓国語(ハングル)表記の2本立てにすることで理解しやすくし、さらに巻末の索引に難解重要単語に簡単な解説文をつけることを試みた。これらは今後の韓国文化理解にも大いに参考になるものと自負している。そして、この過程を共同研究として進め、1つの作品に結実させたことは、人文系の共同研究のあり方をも示したものと考えている。